田端信太郎著「MEDIA MAKERS」

メディア・ビジネスの観点からメディア・リテラシーの重要性を説いている。
自分は広告主側の視点でメディアと接することが多いので、
この著書のように「メディアの立場」で、信頼性・権威性について考えることは少ないので
あらためてメディアの存在価値の基礎を読み得た。
編集権の独立だったり権威性だったり、たまに邪魔くさいポリシーだな、
とか思ったりすることあるけど、
メディアがメディアとして永続的に利益を創出するためには、極めて重要なことなんだよな、と。
■興味深かったのは「メディアとテクノロジー」の章。
「メディアはメッセージだ」とメディア論の大家マクルーハンは言った。
このことは高広さんの著書でも触れられていたと思うが、
まさに、なるほど!だ。
メディア・デバイスの形式やテクノロジーはそこに乗ってくるコンテンツを規定する。
レコードからCDになり、楽曲が簡単にスキップできるようになったことで、
冒頭にサビから入る楽曲が増えた、とか。
雑誌からWEBに記事閲覧が増えることで、
見出しもコピー的なものから、検索で引っかかりやすいキーワード群を押し込んだものに変化したり。
つまり著者のたとえで言うと、
メディアの変化は、ピザ配達が自転車からスクーターに変わっただけ、ではない。
ピザの中身も変わってくる、のだ。
■あと、メディアを
・ストック⇔フロー (月刊誌⇔新聞)
・権威性⇔参加性  (ミシュラン⇔食べログ)
・リニア⇔ノンリニア(映画⇔ネットニュースなど)
の3軸で分類することは分りやすい。
さっきの音楽の話でいくと、
アルバム1枚を1曲目からストーリーだてて聴いていたリニアの時代から、
好きな曲だけつまみ食いのノンリニアの時代に変わった。
約2時間、ひとつのコンテンツに集中させる映画という「リニアの王様」もあれば、
ニコ動のような3分で長いと感じてしまい次から次へすきま時間に視聴する「ノンリニア」もある。
雑誌とWEBの関係もそう。
このリニアとノンリニアに象徴されるけど、
テレビからゴールデンタイムとか月9という概念が薄れ、
みんなHDDレコーダーでテレビを見てたり、ニコ動に走っていたり、
メディアとの接し方はすべてが受信者主導。
■「どんなデバイスになろうと、いいコンテンツを作って行くことだけ考えれば良い」
ではないんだろう。
受信者主導になり、テクノロジー・デバイスという器が進化していく中で、
それに乗っかるコンテンツも、変化を要請されている。

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