さあ、はじまりました2014年。

さあ、はじまりました2014年。
厄年!
前厄だったからか、昨年は、あんまり良いことが無かった。
仕事上では悔しいことばかりだったし、
懸案事項山積みのまま年末年始に突入したし。
プライベートでは、先日、愛犬トトが天国へ行った。
あんまり考えないようにしていたけど、ようやくこのことに向き合えるようになった。
とはいうものの、
正月休みで、気分的にはだいぶんリフレッシュできた。
今は、仕事初めを翌日に控えた、東京に向かう新幹線の中。
結構前向きな気持ちになってる。
仕事上の悔しいこと、をちょっと冷静になって考えてみた。
じゃあ、それまで順調だったのか?バリューを出せていたのか?というと、そうでもない。。。
2013年は、働く環境のレベルが高まったというか、凄い人たちを間近で見る機会が増えたというか。
結局、自分はまだまだだなあと実感する機会が多かっただけな気もする。
これは、良いことだね。たぶん。
ということで前向きに行く。
あんまり目標とか立てずに、気楽に行く。今年は。

堀真一郎著「自由学校の設計」

息子の新たなステージになりそうな学校、「子どもの村学園」の学長の数ある著書の中のひとつ。
思い起こせば、、、
自分の中学の担任は、歴史の授業を教科書通りに進めない教え方をした。
本能寺の変なら、本能寺の変だけ。応仁の乱なら応仁の乱だけ、
ひとつの事件を、登場人物の心理描写を交えながらドラマティックに解説した。
当時、その授業スタイルが気に食わなくて(その先生が嫌いだったこともあるが)
「先生!教科書通りに授業してください!」って言い放った記憶が蘇ってきた。
いま思えば、当時の自分はなんて枠にはまった少年だったんだろうね。
詰め込み知識偏重で、偏差値というレールの上を走り続ける少年だった。
でも、自分の場合は勉強すれば勉強しただけ成績が伸びちゃったもんだから、厄介。
単純に勉強が面白かった。中学、高校と。
だから、あんまり勉強が大変だったとか、嫌な思い出はない。勉強はゲームのようなものだったな。
勉強しながら夜中に聴いてたオールナイトニッポンとか、
近所の図書館で一日中勉強してて、休憩で外に出た時のキンモクセイの匂いだとか、
どちらかというと、良い思い出として残っている。
それはさておき、だからって、これからの時代に生きて行く息子に同じような体験は絶対にさせたくない。
この「子どもの村学園」の園長、堀さんは、そんな日本の学校教育を全否定し、
1992年に、和歌山県橋本市に「きのくにこどもの村学園」をつくった。
堀さんは、今の日本の学校教育を、「子ども強制収容所」と言い切る。
教育とは「学校へ行くこと」そのものであり、
学習とは「教科書の中身を習得すること」であり、
国語算数理科社会英語が主要教科であり、
子どもは年齢によってグルーピングされるものであり、
ひとりの担任の先生が、
すべての子どもに同じことを教える。
これら、学校の「常識」を全部ひっくり返した。
すなわち、
教師中心主義から、自己決定へ.
画一主義から、個性化へ
書物中心主義から、体験学習へ。
この、「自己決定、個性化、体験学習」の三原則のフィールドに、もうすぐ息子が飛び込んで行くかもしれない。
前に読んだ本では、10歳までは脳のベース部分が成長する時期らしい。
その間に、自分の興味外の知識を受動的に詰め込んでも意味がない。
自分の興味にまっすぐ集中するフロー体験こそが、脳を健全に成長させると。
息子には、まだまだ思いっきり遊んで好きなことをして欲しい。
他人の目を気にすることなく、自分の思い・行動に素直に対して素直であって欲しい。
何より自分を好きになって欲しい。
応援したい。

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息子の新しいステージ?

常々、息子には自分が歩んできた道とは正反対の道を歩んで欲しいと思っている。
正反対の体験、正反対の教育をさせたいと思っている。
自分が歩んできた道とは、
偏差値至上主義であり、周囲の期待に応えること。
自分で言うのもなんだが、「賢い優等生」として生きてきた。
大きな挫折もしていない。今も幸せに暮らせている。
でも、ここでいう「賢い」「優等生」の基準は、教科書の内容をしっかり覚えている、というだけの基準だ。従来型。
息子も同じように成長すれば、幸せな人生を過ごせるのか?
たぶん違う。あまりに時代が違う。
不確実で、多様な時代。
たとえ有名な大学を卒業してもちゃんと就職できる分からない時代なんだし。
従来文脈での「優等生」である自分は、
幸せな暮らしをしているが、心の根底には、ずっと自己否定が残ったままだ。
40歳とは不惑の歳と言われるが、まだまだ惑いの日々だ。
自分は、与えられた課題に対して最短距離で正確な答えを出すのは、得意。
でも、そもそもの課題やゴールを自分で設定することは、苦手。
息子には、自分とはまったく違う人間になって欲しい。
もっと伸び伸びと、自分の意志で、好きなように生きて欲しい。
だからこそ、自分が歩んだ道とは正反対のことを体験させたい。
顔も仕草も基本的な性格も、結構似ているからこそ、違う育て方をしたいと思っている。
そこに来て、運命なのか?息子の直感が導いたのか。
息子に新しいステージが用意されつつある。
伸び伸びと育った「もりのようちえん」が、そのまま小学校になったような学校に。