「かわいいけど……、かゆい」
そう言うのが精一杯だった。
自分が猫アレルギーだと知ったのは、もう20年以上も前、結婚前に嫁さんの実家に初めてお邪魔した日だった。
ご両親もいらっしゃって、ただでさえ緊張である。
それなのに、家にお邪魔してしばらくすると、突然体がおかしくなり始めたのだ。
まず、最初に鼻の様子がおかしくなった。もともとアレルギー性鼻炎なので鼻水が出ることは慣れっこだったが、突然無色透明のさらさらの鼻水が、まるで小川のせせらぎのようにエンドレスに流れ出てくるのだ。ティッシュが何枚あっても足りない。
そうこうするうちに、今度は目が痒くなってきた。何かおかしい。当時は花粉症もそんなにポピュラーではない頃だったので、自分の突然変異に困惑してしまった。これはまずい!
「あら、ひょっとしてあなた、猫アレルギーかもね」
「あはははっ!」
笑ってくれる温かい家族で良かった。
嫁さんの家族は全員が猫好きで、特に義母さんが大の猫好き。当時も猫が2匹いた。
これから家族の一員になろうとしている人間が、その家族全員が愛する対象物にアレルギー反応を示すとは……何とも情けない婿である。
それ以来、もう20年以上、嫁さんの実家に行くと、ほぼ自動的に鼻水である。
今では猫アレルギーなのか、嫁の実家アレルギーなのか分からくなってきたが……。
もともと自分はどちらかといえば犬派。猫は苦手だった。
犬と比べて猫は表情が変わらないから何を考えているか分からず、どうも不気味だ。
SNSとかで愛猫の写真や動画をアップする友人も何人かいるが、確かに可愛いとは思うものの、正直そこまで猫にのめり込む気持ちがよく分からなかった。
そんな自分が、突然、猫を飼うことになろうとは。
ちょうど去年の春先だった。猫好きの義母さんのもとに一匹の真っ黒な捨て猫がやってきた。あまりにも人懐っこいから、おそらく飼い猫だったのだろう。何らかの事情で飼えなくなって捨てられ、そして彷徨い歩いて義母さんのところにやってきたのではないか。
おそらく、名古屋市内の野良ネコ界の中では、義母さんはかなり有名な人間なのではなかろうか。猫の間では、「食事に困ったらあそこの家に行くべし」「優しく面倒をみてくれるぞ」と噂になっているに違いない。それくらい義母さんは猫の世話が好きで、ネコの面倒を見るのも、いつものことだった。
これまで何百匹といろんな猫を見てきた、そんな義母さんが、この黒猫は飼いやすいから誰か飼ってくれないかしら、というのだ。
嫁さんはもともと猫好きだから、いつか家で飼いたいと思っていたこともあり、まずは我が家で預かって、お試しで飼ってみることにしたのだ。
お試し、とはもちろん僕のアレルギー反応に対するお試しだった。
昨春はちょうどコロナ禍の在宅勤務が増えた時期だったので、僕にとっても癒しの存在として猫が家族の一員になることも、悪くはないと思ったのだ。あとは体の反応だけだ。
1日目、やはり無条件に鼻水は出る。目はかゆい。そりゃそうだ。
2日目、状況は変わらず。せめて寝室には入らないように扉をロックした。
3日目、あれ? ちょっとアレルギー反応が収まってきたぞ。
そう、次第に体は慣れるのだ。たまに目がかゆくなるものの、何とか日常生活に支障はないレベルになったようだ。
そしてめでたく、黒猫は我が家の一員となった。5月5日だったので、「ココ」と名付けた。
その後も、おかげさまでアレルギー反応は現れなかったが、その代わりに僕の体に思っても見なかった反応が現れた。
そう、猫に対する愛情、という思っても見なかった反応だ。
猫は、可愛い。
写真撮るよね。動画も撮っちゃうよね。
表情が変わらないのも、ツンデレで良いよね。何とも仕草が可愛いよね。
たまにすり寄ってくる甘えた鳴き声も、なんともいえないよね。
まあ、そういうことだ。
飼ってみて初めて分かった猫の可愛さ。本当にたまらない。
昔から猫好きだった皆様、これまで冷たい目で見てしまい、すいませんでした。