平田オリザ著「下り坂をそろそろと下る」


「まことに小さな国が、衰退期をむかえようとしている」
坂の上の雲の出だしから始まったのが印象的。

坂の上の、さらにその上の雲を目指して突き進んだ明治から、ついに、その坂の上から下りることになった今。

きっと急坂。
僕らはその坂をどう下っていけばよいのか。

資本主義の「富」という、ただ一点の頂に登りつめた後、
見下ろしてみれば、裾野は360度に広がっている。
さあ、どこへどうやって下りて行けばよいのか、いまの日本はまさにどんな状態だろう。

どうやら参考になる下り方は、
人足早く下り坂になっている「地方」にあるらしい。

「地方創生」を、いかにお金のバラマキではなく、文化とセンスで有意義に進めることができるか。

若い人は職がなく東京に行く。そして、戻ってきても仕事がない、結婚できない、出会いがない。それが実体だからこそ、地域にいかに「センス」を持ち込むか。

地方を、
終の住処ではなく、
経済活動が行われる場所へ。

いま地方でチラホラと見かける「センス」こそ、それほどのお金がなくとも楽しくイキイキと暮らすための、命の源なのだろう。

金子稚子著「アクティブ・エンディング 」

もう亡くなって6年以上過ぎただろうか、
金子哲雄さんの著書を読んで大号泣した。
その時のブログ記事

その奥様が書かれた著書。
ご主人・金子哲雄さんの死を無駄にすることなく、
人々に「死と向かい合う」ことで生きる歓びを伝える活動をされている。

「人生」は、
俯瞰で見れば、エンディングノートそのものであり、
1秒ごとに人間は、その1秒前よりも確実に死に近づいている。

死ぬプロセス(死に方)は、すなわち生き方である。

自分には、2人の先輩がいた。

突然ステージⅣと宣告され、死を自覚しながら1年後にこの世を去った先輩。
一方で、後ろから車に轢かれ、一瞬にして命を奪われた先輩。

こんな想像をしたら2人の先輩に申し訳ないが、
仮に自分の死に方としてどちらが良いだろうか、と考えることがある。

死を自覚する怖さ。
一方で、大切な人に最後の言葉をかけることも出来ない寂しさ。

こういう想像をして、ただ感じるのは1点だけ。
1秒1秒を大切に生きる。ただそれだけ。

大山泰弘著「『働く幸せ』の道」


日本理化学工業という
チョーク製造販売会社、会長の著書。

なんと社員85名のうち、63人が知的障がい者。

 

人に愛されること
人に褒められること
人の役に立つこと
人から必要とされること

働くことによって愛以外の3つの幸せは得られる。
でも、働くこととは、その愛までも得られると思う、と著者は語る。

たとえ障がいがあっても、
社会の繋がりの連鎖にきちんと加えてあげる。
そうすることで、人はイキイキと生きられる。

とかく、現代の仕事観は、他者への貢献よりも自己実現の手段、とされがち。
でも、そもそも「社会貢献」という言葉だって決して無償のボランティアではない。

労働して生み出す価値こそが社会貢献であると、あらためて感じさせてくれた。